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★坂東三十三観音巡礼記 第十三番 金龍山・浅草寺★




今回は、関東に散らばる坂東三十三観音の中でも、唯一東京都にある、有名な浅草寺です^^

推古天皇三十六年(628年)、二人の漁師が隅田川で漁をしていると、網に金色の観音像がかかり、地元の豪族によって漁師の守り本尊として安置されたのが始まり。

三社祭の三社とは、この三人を祀った神社のこと。神輿のお祭りとして全国的に有名である。



拡大地図を表示


坂東三十三観音は、鎌倉時代に源頼朝によって創始されたもの。
当然、当時は江戸の町なんて影も形もなかったわけで、いかに大都会江戸・東京と言えども霊場はここ一箇所のみ。

▼門前町の仲見世。
 浅草寺に行くのは2回目くらいですが、相変わらずすごい人です。

 


▼堂々たる宝蔵門。

 


▼京都東寺の五重塔についで大きな、浅草寺五重塔。
 昭和四十八年(1973年)再建。

 


▼観光客でにぎわっています。
 外人さんがとても多い。

 


▼本堂は改修工事をしており、ちょっとガッカリ。

 


▼訪れる人の信仰のあかし。
 密集していて、新しく刺す場所に困るくらい。

 


▼観音様にお経を上げ、御朱印を頂く^^

 


▼今回の御朱印です^^
 とても優美な筆跡です^^

 


さて、これで目的を達成。
「御朱印もらった、帰ろ帰ろ」では能がないので・・・


▼上野公園へ足を伸ばしてみました^^

 


▼不忍池弁天堂の見事なちょうちん^^

 


▼ここでも観光客が大勢います。
 日本人よか外人さんのほうが多かった。

 


▼不忍池弁天堂の御朱印^^

 


さらに、遊郭(いまでは風俗街だが)で有名な吉原に足を運びます^^

▼吉原の街を取り囲む生垣。

 


吉原で働く遊女の脱走を防ぐべく、かつてお歯黒どぶと呼ばれるお堀でかこまれ、吉原の街は出入り口2箇所からしか出入りできない隔絶された区域だった。

吉原を囲む道路には今でもその名残があり、この生垣の部分に塀や堀が作られ、外界と隔たれていたのだそうだ。

同じような遺構は、横浜の横浜橋商店街の近く(大鷲神社のあたりは、やはり遊郭だった)でも見ることが出来る。


▼吉原弁財天。
 かつて、この街で働く遊女たちの心のよりどころであった。

 


▼しかし普段は無人なので、近くのお稲荷様へ。

 


▼これがお稲荷様。徒歩5分くらいかな。

 


▼樋口一葉の「たけくらべ」に出てきた神社らしい。

 


▼こちらで吉原弁財天をお願いし、書いていただいた。

 


本日はとても暑くて汗ダラダラでしたが、弁天さまにもお会いできて、満足満足^^
次回は横浜の弘明寺に行きます^^

ここは近いのでいつでもいけそうです^^
明日にでも行こうかな^^
ちょっとペースが速いので、いかんなぁとは思っていますが^^;





ふかきとが 今よりのちは よもあらじ
 つみ浅草へ まいる身なれば



  


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