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★坂東三十三観音巡礼記 〜結願御礼 その2:北向観音と安楽寺〜★



〜その1から続く〜

長野市で善光寺参りを終えた後は、別所温泉にある「北向観音」へ向かいます。
善光寺は南向きに建てられていますが、この北向観音はちょうど善光寺とは対角線上にあり、善光寺と向かい合うように北向に造られています。
なので、善光寺の対の寺であるといわれ、善光寺とセットで参らなければ「片参り」と呼ばれ、その功徳も半減してしまうのだとか。


長野駅から電車で上田駅まで行き、上田交通に乗りかえて終点の別所温泉駅へむかいます。

なんとも味のある駅です。
これは、このままで・・・なまじ建て替えなどしてほしくないですね^^

  

  


駅を降りると、かなりさびれた温泉街です。
雰囲気はいいのですが・・・ちょっと何もなさすぎw

  


けっこうあっけなく到着しました^^

  


こちらが表参道。
両脇にお土産屋さんなどが並ぶのは、どこも一緒ですねぇ・・^^:

  


こちらが北向観音。
携帯の方位磁石で見ると、確かに北を向いている。
本堂は、開創当初の建物は失われ、1730年代に再建された寄棟造の茅葺で、正面中央に唐破風の向拝。間口は10間。江戸中期後半の特色を残している。

  

平安時代初期の天長二年(825年)慈覚大師円仁によって開創された北向観音は、安和二年(969年)に平維茂によって大改修が行われ、4院60坊が整えられたと伝えられる。

北を向いているのは善光寺と向き合っているからとされ、「裏善光寺」と呼ばれる場合もある。善光寺が来世の利益、北向観音が現世の利益をもたらすということで善光寺のみの参拝では「片参り」になってしまうと言われる。


こちらの鐘楼も、なかなか立派。

  


愛染堂の近くに縁結びの霊木として崇められている、愛染かつらの巨木。
樹高は22mにもなるという。

  


こちらが愛染堂。京都の清水寺や、千葉の崖観音を思い出す。

  

カイコのマユで作られた「北向山」の額。

  

長野県は、かつてカイコを原料とする生糸の一大生産地であった。
明治の始めごろ、長野県では至る所に生糸工場が作られ、日本産の上質なシルクは欧米各国から、まさに引っ張りだこの状態であった。
日露戦争時、日本海海戦を勝利に導いた連合艦隊の旗艦「三笠」はじめ、日本の近代化に大きく貢献したのは、この生糸によるところが大きい。
このエピソードは山本茂美著「あゝ野麦峠」に、至極詳しい。

本殿で読経を済ませ、御朱印をいただく。
こちらは気持ちよく写経を受け取ってくださり、なんだかうれしい^^

こちらが北向観音の御朱印^^

  


これで、ようやく1年をかけて行ってきた坂東三十三観音巡礼も終わりました。
最後にいただいた御朱印はとても感慨深く、一生の思い出に残る物となりました。

さて、まだ時間があるので、別所温泉の町を少し散策する事にしました。

北向観音を支える立派な石垣。

  


足湯「ななくり」で小休止。
歩き通しで足が疲れていたので、とても気持ちいい。
しかも公園の中にあり、誰でも自由に使えるというのがうれしいです。

  


別所温泉の雨乞い祭り、「岳の幟」のデザインのマンホール。

  


お腹が減ったので、北向観音参道まで戻ってソバを食べることに・・・

   


福寿家のおそば。冷月見そばと、冷山菜そば。
冷たい麺がシコシコとして、とても優しく、おいしかったです^^

  


さて、このまま近くの安楽寺へと向かいます。

   


階段を上がると、立派な山門が・・・

  


落ち着いたたたずまいの本堂。

  


こちらから、国宝である八角三重塔へ入ります。
御朱印帳をあずけて入ります。

  


静寂の中にたたずむ、八角三重塔。
この緻密な造りには感嘆するばかり。

  


自分らの次は老夫婦一組だけ、という静かな時間を、たっぷりと楽しんで。
そして、頂いた安楽寺の御朱印。

  


今日はたくさん歩いたし、お寺をたくさん見てお腹もいっぱい。
日も暮れてきたし、さっそく今日の宿へと向かうことにしましょう・・・・


〜つづく〜


  
 
  


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