★関東三十六不動巡礼記 第一番★
★雨降山 大山寺★


平成二十二年 十一月 十六日。
朝7:30に夜勤が明け、どこへ行こうかと考えた時に、以前から行こうと思っていた関東三十六不動尊を思い出した。

ちょうど、第一番札所の近くには以前から気になっていた関東総鎮守・大山阿夫利神社もある。これは行かない手は無いではないか。
そう思うと、足は既に第一番札所・大山寺のある伊勢原へと向かっていました。



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伊勢原市にある大山寺の演技は古く、奈良の東大寺を開いた良弁僧正が天平勝宝七年(七五五)に開山したのに始まります。

行基菩薩の高弟である光増和尚は開山良弁僧正を継いで、大山寺二世となり、大山全域を開き、山の中腹に諸堂を建立。
その後、徳一菩薩の招きにより、大山寺第三世として弘法大師が当山に入り、数々の霊所が開かれました。大師が錫杖を立てると泉が湧いて井戸となり、また自らの爪で一夜にして岩塊に地蔵尊を謹刻して鎮魂となすなど、現在は大山七不思議と称される霊地信仰を確立しました。

また日本古来の信仰を大切にし、尊重すべきとのお大師様のおことばにより、山上の石尊権現を整備し、伽藍内に社殿を設けるなど神仏共存を心掛け手厚く神社を保護してきました。
元慶八年には天台宗の慈覚大師の高弟・安然が大山寺第五世として入山。伽藍を再興し、華厳・真言・天台の八宗兼学の道場としました。
これより大山は相模国の国御岳たる丹沢山系の中心道場として各地に知られ、別当八大坊をはじめとする僧坊十八ケ院末寺三、御師三百坊の霊山として栄えました。

しかし明治初年の廃仏毀釈により、現阿夫利神社下社のある場所から現在の場所に移りました。
関東一円を初め日本中の強い信仰に支えられ、幸いにもご本尊を初めとする,数々の寺宝は破壊を免れました。
明治期に数多くの信者たちの寄進によって現在の位置に本堂をはじめ数々の伽藍が再興され現在に至っています。大山寺はまさに多くの信者に支えられた一大霊地といえます。


早朝の小田急線。東京とは反対の小田原方面だというのに、結構混んでいる。窓の外に近づく大山の風景や田園地帯を眺めつつ、伊勢原駅北口に降り立つと、駅前には関東総鎮守である大山阿夫利神社の鳥居が出迎えてくれた。

  


ここから4番バス乗り場、20分おきに出ている大山ケーブルカー駅行きのバスに乗る。
ちょうど紅葉シーズンだったせいか、やけにハイキング客が多いのが気になる。

20分も揺られていれば、終点の大山ケーブルカー駅バス停につく。
しかし、ここにはケーブルカー駅はない。

  


大山ケーブルカー駅はここから、さらに15分ほど徒歩で登らなければならない。
眼下には清らかな滝が見ていて涼しげである。

  


途中、門前町とでも言おうか。
お土産屋が軒を連ねてアーケードをなしており、両側からの客引きの声がかしましい。

  


時折見える紅葉が見た目にも鮮やかで、なるほどハイキング客が多いのもうなずける。

  


途中、道の行く手は分かれる。
一方はケーブルカー駅へ。もう一方は、大山寺への参道へ。

  


大山寺へはケーブルカーで行くこともできる。


(大山寺公式サイトより引用)


しかし、今回はせっかくの紅葉シーズン。山道を歩いて上ることにした。

  


坂には男坂と女坂がある。
女坂から行かなければ大山寺には行くことができないし、女坂には途中で七不思議として古いお地蔵様や、弘法大師が一夜のうちに爪で彫り上げたお地蔵様の石像等を見ることが出来る。


  


途中、景色を見ながら写真を撮りながらの旅である。
30分くらいかけて登っただろうか。見えてきたのが、「前不動」と呼ばれるお堂である。

  


前不動の裏手の階段に、さらに本堂へと続く階段がある。

  


階段には不動明王の眷属(使者、遣い)である童子が整然と並び巡礼者を出迎えている。
聖者の行進といったところか。

  


階段を上った上にある本堂。明治十八年に改築されたもの。
昇殿してお賽銭を納め、真言を唱える。

のうまく・さまんだ・ばさら・だん・せんだ・まかろしゃな・そわたや・うん・たらた・かんまん・・・・・・(3回)

  


その後、本堂で関東三十六不動専用の御朱印帳を買い求める。
しかし、表紙と簡単な説明しか入っていない。

  


この御朱印帳を買い求めると、紙に書かれている御朱印を渡されるので、自分で綴じていくのである。

  


さらに、その裏には御本尊不動明王の御姿と童子の御姿を張る事が出来る。
このお姿も御朱印にセットでついてくるというから太っ腹である。

  



本堂の裏手に鐘楼がある。本来ならお参り前に鐘をつくのだが、気づくのが遅れたので鐘はつかなかった。
(お参り前につくのがよろしい。お参り後に鐘を付くのは縁起がよくないとされる)

  


鐘楼の近くでは「かわらけ」投げができる。
かわらけという素焼きの小さな皿をこの場所から投げて・・・

  


うまく、この赤い円に入れば願い事が叶うと言われている。
自分はコントロール悪いし、周りには見ている人も多かったのでやめといたw

  


こうして、関東三十六不動第一番の大山寺の巡拝を終了し、大山寺駅からケーブルカーで阿夫利神社を目指す。




終点の阿夫利神社駅からすぐ近く。なんとも清清しい神社である。
境内は明るく、訪れる人も多く、神聖な空間として愛されている感じがする。

  
  


境内では菊花展が開かれていた。
自分も今年は菊の花を作ったが、こちらの業物(わざもの)とは比べる気にもならない出来栄えであった。

  


境内にある湧水。ご霊泉であり、飲むことができる。
冷たくておいしい。

  


境内からは神奈川県はもちろん、遠く相模湾まで眺める事が出来る。

  


これが大山阿夫利神社の御朱印である。
伸び伸びとしていて美しい。

  


大山ケーブルで山を下り、再度お土産屋のある通りを抜けて伊勢原駅行きのバスに乗り込んだ。
帰りのバスもすごい人である。
まったくよくない時期に来てしまったものだ。

道灌塚前というバス停で降り、徒歩15分の三ノ宮日々多神社にも立ち寄った。

  


この御朱印は以前から気になっていたので、頂けて嬉しい^^

  


近くにも日々多神社というバス停があるのだが、こちらは本数が1日数本のレベルなので、三ノ宮というバス停まであるいた、こちらは1時間に1本の割合である。

このバスで伊勢原駅まで行き、南口の「ぎょうてん屋」なるラーメンやにてラーメンを頂いたのでした^
 
  


今回の旅は行き当たりばったりではあったけれど、本当によい旅が出来ました^^
これからゆっくりと巡る関東三十六不動の旅。

どんなものになるか、本当に楽しみです^^


弘仁の 御宇に大師は ここに来て
  加持の閼伽水 のこしたまへり


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