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★関東三十六不動巡礼記 第四番★
★大聖山 真福寺(和田不動)★


第三番の野毛山不動尊(成田山横浜別院・延命院)を巡拝し終え、桜木町駅から電車で相鉄線の和田町駅へ向かいました。

ここから5分ほど歩いたところに、第四番の真福寺があります。



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このお寺は、かつて相模一帯を支配していた武士、三浦一族の中でも武勇の誉れ高く名高い和田義盛が建立したと伝えられております。
源頼朝の重臣を務め、平家打倒を悲願していた和田義盛の夢枕に不動明王が現れ、「我を勧進すれば悲願ことごとく達成せん」とのお告げを授けました。

早速義盛は堂宇を建立し、夢に出てきた不動明王の像を作り、ここに祀ったのが治承元年(1177)のことと伝えられています。このお寺の不動明王は、他の像と異なり宝剣を前に突き出した珍しい姿をしておられます。

三浦一族の滅亡、明治の廃仏毀釈、関東大震災、大東亜戦争による焼失など幾多の試練を乗り越えつつも、時にはバラックの中に灯明をともして守られ続け、今に至っています。



和田町駅を降りれば、すぐに和田町商店街です。
その商店街を抜けていきます。

  


突き当りを右に曲がれば、すぐに看板が見えてきます。

  


わりとあっけなく到着しました。
入り口には満願地蔵が祭られています。当初は和田町駅近くのお寺に祀られていたが、そのお寺が小学校の敷地となり、こちらに移転してきたそうです。

  


磨り減ったお顔が年月の流れを感じさせます。

  


その脇に、本堂に向かう参道があります。

  


その敷石の一つ一つには、坂東・秩父・西国の日本百観音、そして四国八十八箇所の名前が刻まれ、その霊場の砂が埋められています。
ここを歩くだけで、全国百八十八箇所の巡礼をしたのと同じ功徳があるのだとか。
このおくには、弘法大師の旅姿である「修行大師」の像もあります。

  


本堂に到着しました。昭和三十五年に再建された本堂です。
御朱印はこの本堂の中で頂きます。

  


お線香を手向け、静かにお参りしました。

  


柱の彫刻がとても立派です。

  

  


御朱印は本堂の中で頂きました^^

  


さらに、お不動様と童子の御影もついてきます^^

  


清々しい境内にたたずむ磨り減った六地蔵。

  


境内裏手の和田稲荷にも参拝し、第四番へのお参りを終了しました^^

  


さて、少し時間があったので近所の曹洞宗・正福院へ。
ここは近所の方のための檀家寺といった感じ。

  


こちらでも御朱印を頂きました^^
書いている間は、境内の六角堂で待たせていただけました^^

  


さらに、歩いていると・・
何やら古そうな稲荷社の祠を発見。

  


階段の下には旗を差す穴があったりするけれど、明らかに長く放置されている感じ。

  


さらに、よく見るとこの祠の周囲だけが廃墟になっていたり・・廃墟を通り越して荒地になっている。
駅から程近い、住宅地なのにも関わらず、この一角だけがゴーズトタウンと化している。キツネのたたりか!?

  

  

   


とても気になる存在だが、気を取り直して日蓮宗・法性寺へ。こちらは広大な敷地にモダンな本堂。
こちらも地元の方のための檀家寺ですね。

  


こちらの御朱印。久々に頂いた「妙法」の御朱印。
こちらのお寺は、とても親切。そして玄関の脇にはお坊さんのタイムカードが。
・・・う〜〜ん。

  


法性寺の裏山から眺める、横浜の街。
抜けるような青空に、心が洗われるようであった。

  


これにて、本日(三月十六日)のお参りは終了です。
携帯の万歩計では、久々に2万歩を越えました。この功徳が、すべて東北の被災者の下に届きますように。



偽りの 世にもまれなる 真福寺
  法のまことの 花さきにけり


  



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