★三浦二十八不動巡礼記 第二番★
★金峯山 不動院  大善寺★


三浦二十八不動尊 第二番目は、横須賀市衣笠にある「大善寺」となります。




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開創は古く、天平元年(728)。
高僧・行基が、自ら彫刻した不動明王をこの山に祭った際に建てられたのが、大善寺であると言われています。

康平六年(1063)、前九年の役の戦功により、平為通は三浦の地を与えられました。その後「三浦」の姓を名乗のり、このを改造し、山の全域を衣笠城という巨大な城に作り変えました。
衣笠城は、第七代・三浦秦村が北条時頼との勢力争いに破れ、一族五百余人と鎌倉の法華堂で、宝治元年(1247)、討ち死にするまでの、約184年間に渡り三浦一族の本城となりました。

大善寺・蔵王権現・不動堂は、衣笠城の中にあり、三浦一族の学問や仏教信仰の中心的な役割を果してきました。
とくに不動尊は、第二代・三浦為継が後三年の役に出陣したとき、戦場に現れて、敵の射かける矢を打ち払い、為継を守ったと伝えられています。「矢取り不動」の名称は、その伝説によります。

また、行基によって開かれた泉は衣笠城の重要な生活用水でした。いつの頃からか「不動尊御手洗池」 通称、「不動井戸」と呼ばれるようになりました。
現在は蔵王権現社も不動堂も残っていませんが、不動明王像は、大善寺に本尊として祭られています。今ある大善寺は、明治29年に全焼した堂宇を昭和10年に再建したものです。



JR衣笠駅を降り、徒歩20分くらい。車通りが激しいですが歩道が整備されていて歩きやすいです。

  


この坂を登った突き当りが大善寺です。

  


途中で見かけた谷。あるいは衣笠城の空堀だったのだろうか。

  


大善寺の門前には井戸があります。
行基がお払いの際に水がない事に困り、杖で岩を打つと、こんこんと清水が湧き出したと言われています。
その場所が、このコンクリートで囲まれた、井戸の辺りであると伝えられています。

  


中には不動明王が祭られています。

  


階段を登ると大善寺があります。

  


お参りを済ませ、庫裏で御朱印を頂きました。
御住職はニコニコと気さくな方でした。

  


このお寺の裏は衣笠城となっています。
お城といっても石垣や天守閣はありません。

  


本丸跡に残る物見岩。
その昔、武士はこの岩に登って辺りを見張っていたんだそうです。
この岩の下からは、経文などの貴重な文献も発掘されました。

  



大善寺はとても静かなお寺で、衣笠城の伝説と合わせて巡りたいお寺です。



幾世々の 人も頂く 衣笠の
   厚き恵みぞ 頼母しきかな


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